バイオリンとその仲間について

バイオリン(violinヴァイオリン)は、バイオリン属という楽器の中でいちばん小さい楽器です。ひと回り大きく、同じような保持で演奏するビオラ(violaヴィオラ)、大きくて持ち上げては奏でられないチェロ(celloセロ)、もう大き過ぎて持って歩く気になりそうにないコントラバス(contrabass,contorabasso, double bass, bass, ダブルベース,ベース,ウッドベース)の三種類が、その仲間におります。このうち、コントラバスだけは、ヴィオールというバイオリンより早い時期に存在した擦弦楽器の構造を流用してバイオリン属の性能を開発したものなので、バイオリンの仲間ではないという人も居ますが、ここでは投影的に似ているので、仲間にします。

大きさも重さも違うこの一族は、各々音域に特徴があり、役割を担って生まれました。しかし、何れも4本(コントラバスだけは5弦の楽器も普及しています)の弦を張り、弓で擦って弾く原理は同じです。操縦の方法が、外見的に変わらなく見える、というのは、人事的には兼任させられはしまいか、と思いますが、その通り、昔は小規模な劇場やツアーバンドでは、これらは「数人」で持ち回りとなったものです。今、TVやメディアで淙々たる規模を見せるシンフォニーオーケストラは、企業で言えば「一部上場の国際企業」で「TOPIXブランド」だと思って下さい。小さな街の「○×商店」では、オーケストラの見渡す限りの楽器群のあるザックリした分類でひとりふたりが担って似たようなことをするのですが、こういう時は「操縦」のやりかたで別けられるのです。話は逸れますがそうしないと、皆好きで手掛けた楽器ばかり持ち寄ってしまって楽隊になりません。小規模になればなる程嫌でもやらなきゃならない仕事は増えますが、それを「操縦法」で分かち合うのです。そうすれば仕事が増える、出番が増える、商業的に見れば、稼げるというものです。

バイオリン属の4種類の楽器は、体格の違いをみても察しが付く通り、音程が違うのです。以下に各々の楽器の弦の開放音を示します。

バイオリン

E(ミ)・A(ラ)・D(レ)・G(ソ)

ビオラ

A(ラ)・D(レ)・G(ソ)・C(ド)

チェロ

A(ラ)・D(レ)・G(ソ)・C(ド)

コントラバス

G(ソ)・D(レ)・A(ラ)・E(ミ)
第五弦はH(シ)または・C(ド)

バイオリンは兎も角、その他の楽器の開放音調弦の音程には、演奏する曲やパート(ソロなのかコンチェルトなのか)によって、幾つもの指示がある場合がありますが、現在はこの調弦が標準となっています。

調弦の方法は、各々の開放弦の音の重なりを合わせますが、チェロやコントラバスでは、低音の為その重なりを拾い難い為、自然ハーモニクスでウラゴエを発させ、和音をとりやすくして合わせます。最近では電子式の測定器(チューニングメーター)を用いる人も多く、別に邪道な訳ではなく、いいものはどんどん使うだけです。

弓(ボウ, bow, arco)は、この一族を鳴らす為になくてはならないものです。硬く反発力があり、また耐久性の高い素材を削り出し、反らせて馬の毛を張って、張りの強さを調整出来るからくりをそなえ、毛に松脂をつけて、そのべた付き加減を利用して音を出すのです。姿は皆大体同じようなのですが、バイオリンの弓は一般的に74cm位、ビオラの弓は最近は75cm位、チェロのは72cm位、コントラバスのは毛の部分の長さで60cm位に作られます。コントラバスの弓にはフレンチ型とドイツ型の二つがありますが、日本ではドイツ型が普及しています。弓の持ち方にもいろいろな型があり、流派みたいなものなのでどれが正しい訳でもありません。

構造は、極簡単に言うと、加工した板を膠で貼付けて作った木の箱を共鳴・増幅装置として、それに音をきめる棹(ネック)に弦を押さえ付ける指板(フィンガーボード)、弦に張力を掛け固定する糸巻き(ペグ)が刺さる糸倉、弦の終端である上駒(ナット)各々が載せられ或いは加工され、木の箱に糊付けされ、弦を張る緒止め(テイルピース)、箱に弦の振動を伝える駒(ブリッジ)、指板の先にある上駒に弦を渡して糸巻きで張り、音程を合せて使うようになっています。箱の中には魂柱(サウンドポスト)があり、表側の板の振動を裏側の板に伝えるようになっています。また、低音弦側に力木(バスバー)という骨が貼付けられており、弦の張力を支えると同時に表板の振動を清浄にする働きを担っています。箱部には、彫刻や螺鈿を施したりするものもあります。

材料は、箱の表側はスプルースというひのきのような木、横と裏とネックはメイプルという、かえでのような木をつかうのがよい、また、裏や横、ネックには、縞模様が多いのがよい、と言われますが模様でどうなるものでもなく、派手になるだけです。昔、そんな種類の木が手に入らないところでは、その辺で手に入る材木で作られたものも多くあります。しかし専ら、よいといわれないものはよいとおもわれず大切にはされず、余り多く現存していません。日本でも昔一時期普及品を近隣の山で得られる材木で作った時代がありました。現在は大陸の広い国で植林育成した楽器材が育ち普及している為、良材の入手は容易になり、ありものでつくる例は減りました。

糸巻きは、バイオリン・ビオラ・チェロに関しては機械構造を持たない摩擦で固定する原始的なものですが、コントラバスには歯車駆動のものが使われます。前者たちはそれでは調弦が面倒な為、弦毎に緒止めに音程を追い詰め易くする金具をつける例もあります。そのからくりを予め仕込んだ緒止めもあり、音質面では有用ということもあり普及しています。

表面はネック裏や糸倉内部を普通は除いて全体がニスなりで塗装されています。木目を活かした透明なニスに着色したものが使われたり、予め木地に色付けをして透明なニスをその後塗り重ねたり、またその透明なニスにも着色を施したりといろいろと個体毎に意匠を凝らして味わいを出します。最近は単色不透明塗料で塗装したり、柄を描いたりするものも見られます。

原型と材料の選び、製造法は凡そ300年殆ど変化はありません。但し弦の有効振動長(弦長)や、箱の中の力木のカタチ、付属品については、幾度か見直しをされ、現在の姿になって来ています。

先ず、バイオリンの発生、特に発音の方法の発見と実用化は、相当な大昔なので、だれが見い出したか等最早見当もつきません。西洋の擦弦楽器としては、バイオリン以前にもヴィオールがありました。これらはフレット(音程をきめるタガ)を指板に取り付けられているもので、やはりいろいろ大きさがあり、それっぽいのですが、バイオリンとは似ているだけで共鳴胴の構造も異なり、祖先と言うことは出来ないでしょう。さらにそれ以前に、東方の中東やアジアの楽器群にも擦弦楽器が多種あり、こちらはフレットなど思いもよらなかったか、挙げ句指板さえないものも多いものの、音階を結ぶ中間音も効果的に使用出来る部分をみれば、むしろそれらが直接的な祖先と考えた方がいいかも知れません。何れにせよ、バイオリンは、ある時突然現れました。構造と外観を今の姿に導いたのはガスパロダサロだといわれていますが、これも実際は定かではありません。この楽器の為の音楽が用意され、華々しくデビューした訳でもなく、誰か有力者に熱望された訳でもない、発明者不明の大発明だったのです。

糸の数が基本的に4本なのは、西洋音階のどの音を出しても、空いた弦の共振が得られてふんわりとした響きになる最低限度を追い詰めた結果です。バイオリンが現れる迄の時代には響きをいろいろ研究されていて、2本同じ音域の弦を張ったり、20本近くの共振用の弦を張ったりと、破滅的な実験がされていましたが、バイオリン属の革命的なこの共振の利用法のため、それら全ての試みは一蹴され消滅しました。歴史的な大発明と言われる性能の一つ際立った部分です。

この楽器群の恵まれたところは、生まれて直ぐに認められ、あらゆるジャンル、あらゆる地域の音楽にどんどん取り入れられ楽曲が与えられたことです。製造には機械駆動の工作機械を殆ど必要とせず、綿密な採寸も要らず、工業力を必要とする部品である弦でさえ、数の少なさから用意し易く、つまり、それなりに誰でも作ることが出来ますから、広まり易かったことも幸いです。逆に恵まれなかったところは、当初が余りに早く認められ普及したばかりに、続々ぶらさげられた音楽を奏でさせることばかり忙しくなり、途中音量や音域を強める為に改造される時期を得た他は殆ど発展することなく、往時の侭の構造・加工工程を踏襲して来てしまった為に、工業製品としては極めて未熟であることです。また、やはり当初余りに流行り過ぎ、一時飽和状態となった為に製造が途絶え、古いものを修理改造して使い廻す時代があり、これもまた発達を妨げたとも考えられています。
産業革命以降、庶民に少し余裕が出来て(それまでは、生きるということは、起きている間は全て働くことが可能であるべきことで、止まることは死を意味しました)、音楽に接する機会を持てるようになると、バイオリンはまた加速度的に普及していくことになります。その時代には新たな消費地、アメリカ向けの物産として、ドイツやフランス、イタリアでは、「Made in 〜」と英語で製造国名をラベルに書き、こぞって売り込み、販売量を激増させていきます。人海戦術で増産された多くの中には粗悪なものもかなりあり、苦労も結構有ったばかりか、多くは飽きられ失われました。でも、それはバイオリンも彼の地ではその程度の雑貨として扱われて来た証で、何も最もらしく神妙にばかり付き合って貰えた訳じゃないので、今も昔もまあ変わりはないのです。

工業製品として未熟であることは、完成度もそれなりに低いということでもあります。
もしバイオリンが存在せず、今どきになってこれらを発明してみたところで、多分誰も相手にしないだろうとも考えられていますが、それは工業製品としての完成度の低さの度合いが過ぎる為でしょう。その後現われた弦楽器は全て、工業の下で成り立つよう工夫がされていますが、バイオリンを工業的に作れるようになったのは極最近のこと、それもコンピュ−タ−制御が普及したり、安い賃金の労働力を獲易い地域で大量に人材を確保出来るようになってきたからに過ぎません。
音色を形成する箱は裏表の板がアーチ状に削られ強度と音像を担っていますがこういう部分も不安定要素ですし量産を妨げる構造です。またそれゆえ季節によって、場合によっては日中と夜、朝夕ででも、また弾き始めと暫く弾き続けた後でも、音が変わるのです。余り酷く変わると音楽が変わってしまったり、演奏者の望む発音が出来なくなる為、まめに調律調整が必要になる場合が多いのです。
あちこち割れたり剥がれたりするのも仕方のないことです。膠は年数が立つと結合が弛んで来ます。材木は、乾燥と加湿を繰り返していれば、寸法の違う部分と摺り違いが起きて引き割られますので、加工末端部分からのひびが往々にして発生します。塗りも、最近の化学合成塗料が使われているものは兎も角、古来のニスでは、夏はべた付いたり冬は細かいひびが入ったりしますがそれでいいのです。それがいいともいわせてしまっていますから愈々困っても仕方ありません。また、良く触れる部分や褶動部は減ります。そういうものなのですが、各々にちゃんと修復する方法があります。年数を経て、それらが発生した折に手入れをするのは、その時点での持主の責務です。

工業的には未熟でも、工芸的には高級な、まあ例は多いものですが、バイオリンもそのうちに入ります。ものはいいようなのですが、古くから連綿と同じ姿を保っていること、現代でも昔のものそれも発明当初のものも使える、ということで、美術工芸の世界を見るとそういう品や品目は実に少なく、昔から今迄用途用法が同じ所謂古くない古いものは押し並べて大変高価ですが、バイオリンはその頂点に位置する、現役古典工芸品のジャンルに入ります。神秘性を語られたりするのはそのためですが、古ければ片っ端からいいものでもないが古い程高価で、もっとも著名でもっとも古いものとなる品々は大企業の資本金程の額になります。確かに年数を経ている程、甘くしっとりした音が得られるのは否めません。しかしながら高い話を幾らしたところでどうせ持てるものでもなく、ネタにはいいが建設的でないため、持てるものを使った方がいいということで、今時は学生さんの一月のお小遣いで買える程度の額のものもつくられ多くの人に愛されています。でも大型になるチェロやコントラバスはそれなりの額になってしまいます。大きいとその分高いのはしょうがないことでしょう。

それぞれは、小さく作られることがあります。より小柄の人が扱い易くする為です。「分数楽器」とよばれ、サイズは分数で表記されます。この表記は、大工さん等が寸法を「2分(にぶ)」とか「5分(ごぶ)」というのと同じで発案は日本人です。同じ機能性能操縦性で小さくすることができる楽器は多くありません。ギターは小さく出来そうでも実際縮めると音量ばかりでなく音質も掛け離れてしまう為別種の楽器になっていますが、バイオリン属の楽器はそれなりにそのままそれらしく聞こえる小さいものが作れます。ラッパや笛は管の長さで音程が決まる為小型化は無理です。小型化したバイオリンの呼びサイズが普及したら、教育用楽器としても認められ、これまた普及を後押ししました。
同時にそれぞれにフルサイズと言われる標準的大きさがありますが、それも「必ずそうでなければならない」というものでもなく、あくまで理想値です。但し小さく作れば音もそれなりに小さくなり、音色も変わります。同じ人や工場が作った同じ大きさの楽器同士でも、個体毎に若干音色も違いますが、人ごとに声が違う程の違いに感じられることもあります。

問題の未熟さは、良い面も齎します。修理がやりやすいのです。膠という自然な糊で貼付けてあるお陰で水で簡単にバラバラに出来ます。踏んづけて割ってしまったので、F穴からお湯を入れてばらして、割れの裏側から木切れを貼ってまた組んで使う、という猛者もいました。それもひとりふたりではなかったので結構器用な人が多いのですが、その程度の器用さを受け入れてしまう程の柔軟性をもった楽器はこの一族の楽器だけです。他の楽器ではまさかと思う程壊れても、直すことが出来るのがバイオリン達です。

もうここまでくると、今更未完成の度合いを議論したところで始まりません。未完が当然の仕様である工業製品は、他には見つけようがありませんが、それがバイオリンとその一派たちです。

それぞれ、有名な製作者が残した姿形を真似て作られる例があり、それをタイプ(型)と呼びます。バイオリンの場合は、ストラディバリウス、ガルネリ(デルジェス)、ガスパロダサロ、ニコロアマティ、アンドレアアマティ、スタイナーが有名です。似せても全くその時代のそれらと同じ音が出る訳ではありませんが、作り手の商品の指向として利用されています。

製品の優劣は問われるところですが、誰に何を奨めて良いのかは、分かりません。最初は50万円くらい使う積もりで、等と平易に聞く場合もありますが、他の何ごとをも全て差し置いてこれに没頭する或いは出来るなら兎も角、この他にも沢山の払いを背負った現代人全てがそれを容認出来ると考えるなら余りに気遣いが足りないと思いますし、だからといって最初は何時迄続くか分からないからと安く易くとばかりもいえません。難しいところです。少し前は、安価な楽器は押し並べて皆粗悪でしたが、今時は案外そうもいえません。沢山ラインナップを持つブランドも、モデルナンバー毎に製造者が異なる場合もあり、高い方のモデルより安い方のモデルの音を気に入る例だってあります。指板が黒檀でなければならない、というもんでもないし、部品がツゲでなきゃならんというもんでもありません。弓も、上質であるに越したことはありませんが、何処からが上質で何処からが低級なんだかも、人によりけりです。例えば、大枚叩いて習い始めたはいいが、入ったバンドの活動の場は駅前広場ばかりで雨は降るわ炎天に炙られるわではおちおち演奏等していられないけれど聞かせる場所があるだけまだ幸せ。逆にヤスヤスでイコウと取掛かったものの、あちこちからいろいろ言われてどんどん買い増し買い換えをやっているうちにローン地獄に陥っていたというのも何か間違っていそうです。ただいえることは、ある程度、許容を決めて満足する努力をすることと、自分なりに沢山と思えるお金を使う時は、通えるお店で使うように、ということでしょうか。弦楽器のサービスは、ものがものだけに結構床屋並みにローカルサービスとして存在する必要がある業種です。せめて1〜2時間で着ける範囲のお店で、ある程度以上のお買い物をすると心掛ければ、そうそう劣悪な楽器には出会わないと思います。

演奏法には、いろいろな技術があります。簡単に教えられるものもありますがそうでないものも多く、また、直ぐ覚えられるものばかりでもありません。人がやったように出来るには、かなりの研究と修行が必要ですが、両手がある程度使える人であれば取り敢えず直ぐに音が出せます。考えてみれば、自分ですぐ音が合わせられて、直ぐに音が出せる楽器、というのは案外少ないものです。これも爆発的普及を誘った要因の一つですが、もしこの一族の楽器に10本の弦が張ってあれば、調弦の難度が高くなり過ぎ、演奏も愈々面倒で、恐らく消滅したか、極僅かに限られた種類の音楽に使われただけでしょう。

習おうにも、近くに本業の先生が居ない、なんてことは専ら当たり前のことです。何処其処音大出身、奏者歴あり、等と看板ばかりで探していては、毎週一泊二日の旅行をしないと習えなくなってしまいますし、支払にもあれこれ苦労するでしょう。バッジはさておき、親身で適価な先生が近くて自分のレベルに合っていれば先ずよし、と括って出会いを求めるべきです。本業である必要はないし、看板が凄ければ皆いい先生、とも申せません。また奏者だったりすると、習える日程が向こう合せ中心になって面喰らうことにもなります。逆に習う方の都合ですっぽかしたりすることだって起きると考えないのは余りに身勝手ですから、こういう面でも双方寛容であって欲しいもんでもあるんです。

これらを全部調べ上げ、覚えたところで殆ど役に立ちませんから、ザックリ、特にどの楽器でどんな音程が使えるのかを知っておくと、どれも自由になるとは言いませんが、全く使えないこともなくなります。自在にはなりませんが、何とかしましょう。何とかして下さい。きっと絶対何とかなるのです。

大雑把ですが、バイオリンの一族の御説明でした。

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