Q:バイオリンの塗装はニスと決まっているのでしょうか

A:
 まず、塗料の御説明から始めなければなりませんね。

 専らニスとかラッカーと呼ぶこれら塗料は、基本的に、溶剤が蒸散後残留するべき塗膜成分を溶かし込み、塗り付けることでそれらを付着させ膜として残すものです。ニスといっているものには、アルコール溶剤系とテレピン油(ガソリンに似ていますが芳香性がある植物油来のもので松根油ともいいます)を溶剤としたオイル系があります。同時にトルエンを溶剤としてセルロースを成分とするものがあり、これをラッカーといっていますが、基本的にはニスと同じようなものです。
このほか、塗膜の丈夫さが売り物で、塗装後の肉痩せが少ない化学反応硬化性のポリウレタン系塗料も類似していますが、溶剤が自然蒸散する割合が少ないこと、反応材がなければ硬化しないことから、これをニスということはありません。これは主にエレキギター等、強度を要求される楽器に使用されます。

 楽器には、こうして適材適所の塗料が使われ、仕上げられています。

 バイオリンには、専らニスが使われているものだと思われていますが、長い工業史の中で古来のものが延々と、それも皆で使われて来た訳ではありません。
 古来の手法は、現在身近なところでは油彩絵画の手法として残っています。顔料や染料をオイルに溶き描画するのですが、これはそのまま、昔のバイオリンの塗料作りの方法です。この方法でバイオリンを作るとすると、その工期の大半は塗料の乾燥期間に充てられることになります。乾燥が速いアルコール系塗料は、途中の研摩時に発生する粉末を次の塗装で溶かし込む力は強いのですが、一回ごとの塗膜の厚みが期待出来ません。乾燥が遅いオイル系塗料は、上塗りが下塗りや研ぎ粉を溶かす力が弱い反面、厚みが期待出来ます。またオイル系塗料といえども、アルコールをつけると溶け出す為、アルコ−ル塗料は修理の時に使われることも多く見られます。
 ラッカーに関しては、まるでこれを使っていると悪い楽器のようですが、ピアノやギターが主にラッカーで塗装されることを見ても分かる通り、別に楽器に使ってはいけないものではありません。しかし、何故バイオリンでは嫌われるかとなると、実はラッカー塗膜は硬く、溶剤に対して再反応乃ち溶け出す能力に乏しい為、修理の時に大変難儀するので、嫌っているのはむしろ工作を担う人のほうといえます。確かに、ポリウレタンで塗装されていたりすると、バイオリンらしい仕事が侭ならず、結構手こずりますので、工賃にそれが反映します。そういうバイオリンは普通安価ですので、修理を拒まれ引導を渡されるのは、モノに対する修繕代との対比の問題なのです。その品より高い修理代は、普通善意があれば請求出来ません。

 では、どうしてまたバイオリンは先にいうような「ニス」で塗れといわれているような感じに取られるのでしょうか。

 バイオリンは、長年使っていると内部のパーツが剥がれたり、はぎ合わせが外れたり、ネックが下がって来たりするのは当たり前です。これを修理するに当たっては、一度接着を剥がさねばなりません。接着剤として使われるニカワ自体は簡単に溶かせても、それを被っているニスが溶けないわ、容易に上塗り出来ないわとなると復旧の手間が掛かります。またバイオリンはその構造材が薄く、厚みを温存して再組立しなければならない為、塗装を削ってまた塗り直すようなことになると、結果余剰の塗膜を与えることになり、重くなって音色が替わったりしかねません。
 もうひとつ重要なことは、バイオリンは非常に古いものが実用品として使われています。ここではそのオリジナル性の温存の可不可、またそれらの善し悪しに関しては言及しないものの、古いものは手が掛かる、つまり修理の密度が高くなるものなので、何時でも開けたり閉めたりばらしたりが出来なければ困ることになります。
 ギターも同じような弦楽器で、修理も然るべく行われますが、響板の内側には多数の骨材が配置され、板厚もありますし、弾いて音を出すという特徴から弦はとても強くしかも数がバイオリンより多く、バイオリンと比べると大層丈夫に作らなければなりません。ピアノに関しては、こと設備と見るべき存在から、永年の耐久性が必要になります。これらには、より強い塗料で仕上げられることが望まれるといえるでしょう。

 こうした理由から、バイオリンには普通、溶け易く塗り易いニスといわれる塗料が使われます。

 バイオリンのニスは、このように決してミラクルなものではありませんが、確かに音にはそれなりに影響を及ぼします。しかし、必要以上に尖ってこれを追求してみたところで、それを使う人の環境にあわなければそれこそ四六時中修理していることになります。バイオリンには理想と思われる塗装は、何でもないのにヒビが入ったり割れたり収縮を見たりすることがあります。塗られた気候と使われる気候が異なっている等が原因ですが、それも余り酷いと何等かの措置を取らなければ見映えが悪くなるばかりでなく楽器の保護をする塗料の意味が薄らぎます。暑いとべた付き寒いと割れる等は、理想を求めるとついてきたりします。バイオリンといえど、特にそれで稼ぐ訳でもなく、普通にそれを求め、楽しむ人にとっては日常の道具です。移動や使用の環境に贅沢が言えないならば、しっかりと丈夫な塗装がされているものを選ぶのも一つ重要なことだと思います。

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