Q:憧れのバイオリンを買いましたが、何だか思うようにいきません。
A:
 調弦作業とかの問題は別にして、こと演奏に限り、奏者のレベルが分からない状態では、何が思うに任せないのか分かりませんが、大抵の場合、買って来たままでは「弦が高過ぎ」て運指が妨げられているのです。バイオリンの弦高は、ナット(糸巻きのところの駒)からまるで指板が始まった所から生えるように現れ、指板の終りでは大体ですが、E線では2.8〜3.5mm、G線では4〜5mmというのが規準です。列びも問題を多く生みます。ナット上でG〜E線の幅は16.5mm、ブリッジ上では36mmという「規準」がありますが、これも弦の内々でとるか外々でとるか、はたまた中心でとるかで変わって来ます。多くの弾き易い楽器は大体「内々」で取られているものです。ブリッジのアーチも、半径42mmの円弧といわれていますが、これも指板のアーチとの兼ね合いになります。指板の反りも問題で、真直ぐでは、「音がビビり」ます。ビビるのは吃驚することではなく、弦の振動が妨げられるというもので、ビビっている以上の音量は出せないということです。
 話がちょっと遠回りします。
 じゃあなんで「店に列んでいるのに」それがチャントしていないのかというと、それが、いうところの「店のレベル」なのです。
 それらは、楽器の高い安いに関わらず、そのお店に「弾くことを心得ている人」がいるかいないかによるのです。「弾くことを心得ている」ことというのは、「上手」とは結構違います。誰もが知っていてそんなに難しくない十八番を鍛え込んで客に恥ずかしくないように聞かせるなら、数カ月頑張ればまあ、誰でも出来ます。
 また、心得ていたところで、どうしようもないのが「価格」なのです。もし弦高は合わせられたとしても、指板の反りやアーチが思わしくない楽器が入荷したとしても、それが「数万円」程度では、分解してそれを調整し再び楽器に載せ直すという作業代金が利益額に見合わなければ手が出せないのです。そのため、先生や奏者の中には、「30万円以下のバイオリンは楽器ではない」という人がいるのです。否定はしません。店が5万円で製作者から楽器を仕入れても、大抵の製作者は制作を学ぶことに専念して来たから成功し良い品が作れるようになったので、心得た人には良く弾けるようには見えません。それを、改めて時間を掛けて調整することになりますが、これは「校正」みたいな作業で、作る程はかどらない仕事です。ちょっとやってみては試し、またちょっとやる。専門店の多くが、楽器をぶらぶらぶら下げて並べたまま値札もつけずにいるのは、実はこの調整を、延々とやり続けて、序でにニスが乾いていくのを助けていると考えて下さい。そんなことを半年一年時には二年もやってると、それは十万円で売れる楽器には到底なりません。作るには半年あれば充分なものの調整にはその何倍も時間が掛かるのは、その後百年も使われ得る楽器に対しては当たり前の措置で、それに二十五万円の値がつけられたとすると、成程30万円にはなる訳です。
 しかし、誰にでも30万円だの、50万円だの、まして百万を越すような楽器を売りたいかというと、楽器屋はそうではないのです。専門店の作家ものや旧作なら、「売りたい客」の目星や下話があって仕入れているので、愈々一見さんには売りたくない、のです。(ピアノなら、住まいで推薦を換えられます。アパートの人なら30万、マンションの人なら50万、一戸建てなら80万というある程度の規準があります。)ものの価値の考えようなのですが、店に現われるお客さんで、バイオリンを所望する人の全てが、絶対死ぬ程上手くなってやるとイキゴンデいるとは考えないほうが、平和なのです。音楽界は多くの挫折の上に成り立ち、さらには挫折した大多数の人がお客さまという世界です。演奏に挫折した人は聞き手になり、また聞くのに挫折した人は奏者になる、という、輪廻転生がバックグランドになっています。バイオリンの曲を聞き疲れた人が音を出してみたくなった、という人が来店の全数だと思えば、値段の差で「選んで」貰って求めて貰う。利益からすると「駒の位置」位しか合わせられないが....というものなのです。
 回り道でしたが、結局思うように指を回してあげる初歩の初歩の調整、それは弦高と弦列の調整です。指板の反りやアーチは、「思うようにならない」と抱え込んでいるレベルでは考えないほうが至って幸福でいられます。それだけなら、大体、バイオリンをいじれるお店で2〜3日ぶら下がれば、仕上がります。一発で仕上がらないのは、数字で決着つけられない部分だからです。楽器の完成度によっては、調整し切れないこともありますから、それもあわせて、こういう場合はやはりお店に依頼するほうが先の道程が安寧になります。お値段については、ブリッジやナットを作り直さねばならない場合もありますから、一概に言えませんけれど、トライして価値ある調整です。調整代が楽器より高くなっても、先々で苦労し続けるより安いものです。

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